知的でウィット、エリオット・アーウィット

最近、これから写真をどう撮っていこうか、迷うことが多い。
カメラも、ライカ、ハッセル、ローライと一応そろえたし、知り合いに恵まれて
EOS10Dを安く譲ってもらったりした。

でも、なにをどうしていいのか、分らなくなる。
好きなスナップも減っているのが原状だ。
そこで、また自分の好きな写真家について書いてみることにした。
書いたら、頭がまとまるかも知れない。
誤文、間違い、批判等もあるかと思うが、ご容赦願いたい。

写真というか、スナップは街から始まり、今でも街で行うことが多い。
特に人物を入れたスナップをする場合、大都会で無いとなかなか難しい。
僕の様に、室蘭という地方都市ではなかなか難しいのが事実だ。

さて、スナップ写真というと、この前TV番組「美の巨人」で紹介されていた、
「アンリ・カルチェ・ブレッソン」という人が有名である。

20世紀最高の写真家とはまぁ、ブレッソンのことを差す場合が多いが、
ブレッソンに影響を与えた写真家として、「アンドレ・ケルテス」という人がいる。

前置きが長くなりましたが、ケルテス⇒ブレッソンと連綿とつづく
スナップ写真家の系譜の完成形として、「エリオット・アーウィット」という人がいる。
僕の好きな写真家の一人である。
ちなみに、他は前田真三、内田ユキオ、並河萬里が好きである。

アーウィットはアメリカの報道写真家集団「マグナム」の主要メンバーとして有名だ。

彼はどんな写真を撮るかというと、
M型と呼ばれるライカに50ミリレンズを付け、ひたすら人物スナップをしている方だ。
写真家には珍しく、ネコは嫌いみたいで犬好きな人である。

ケルテスの頃、1920年代以降、スナップの先駆者というべき人だ。
日常の暮らしが写真の題材、表現になりうるとした彼の写真は
後世に多大な影響を与えたらしい。
ただ、流石に今見ると少々つまらないかな、なんて思うかも知れない。

それからブレッソンの頃になると画面の美しさ、面白さが完成される。
ブレッソンの写真も少々つまらないものも多いが、水溜りを飛び跳ねる写真など、
現代でも超えることが難しいような写真も多い。

僕が思うに、スナップ写真の完成形とも言える一人が僕の大好きなアーウィットだ。
ケルテスの日常が芸術である点と、ブレッソンの完成された画面構成。

アーウィットはこの2つに加え、ウィットに富んだ写真を撮る。
僕はスナップの完成形であると思う。

日本の写真家でいうと、今年(2007年)の木村伊兵衛賞受賞者、梅佳代さんが
アーウィットに似ていると思う。

彼女の写真は非常にユーモアに富み、見ているものに日常がこんなに面白いのかと
感じさせる。おそらく、日本人で初めてのアーウィット的写真眼の持ち主であろう。
彼女に対し批判も多いと聞くが、僕は文句無しの木村伊兵衛賞だと思う。
(僕が一番最初になろうと思ったけど、残念だ!)

梅佳代さんの写真に対して、アーウィットは画面構成や知性が明らかに上で、
上品な面白さが特徴である。
芸術性が高く、しかもユーモアがあり、こういうのを「ウィットに富んだ」というのだろう。

梅佳代さんの写真の批判は、彼女の写真が吉本興業的な面白さの延長であるのに対し、
アーウィットの知的な面白さに及ばないと思う。多分、ここが批判の的になるのだと
思う。しかし、アーウィットと初めて比較できる写真家であるのは間違いない。

日本人の持つ美的感覚というのは世界で一番である、と僕は思っている。
世界初の小説は日本であるし、
江戸時代の浮世絵はヨーロッパ絵画会に大きな影響を与えた。
少なくても、江戸時代は日本美術は世界で一番であった(はず)。
日本人の持つ、繊細な感覚。

繊細さを持つ人は沢山いるが、日本人に知的なウィットを持つ人はあまりいない。

僕は、アーウィットの「ウィットに富んだ」写真が撮りたかった。
しかし、僕にはウィットが無いようだ。

ちなみに、ライカに50ミリ標準レンズを付けて撮影するのを
「ブレッソンスタイル」というが、

アーウィットもブレッソンスタイルの一人である。
標準レンズ1本だけで、写真は、少なくてもスナップはすることができ、
かつ「20世紀最高」の称号(これはブレッソンですが)も手にすることができる。

標準レンズとは奥深いレンズなのである。
もしかしたら、僕たちが彼らに負けているのはズームや自動露出といった
便利さなのかも知れない。

僕は、アーウィットになりたかった。
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by hassel_distagon | 2007-04-01 19:34 | Others